月夜見
   
“尾行中です”
         〜大川の向こう

 
週末にばかりやって来た台風を避けつつ
何とか催された秋の初めのプールの会で。
つっかえつっかえしながらも
25mという距離を泳ぎ通せた小さなガキ大将に、
ほぼ全員が繰り出していたご町内の皆様が
それは大きな歓声を送ってから、ほぼ半月が過ぎゆき。
大きな川の真ん中、
浮かんでいるかのようにぷかりと位置する
小さな中州の里では、
次に控えし小学校の運動会へ向け、
いろいろな準備が少しずつ進められておいで。
何しろ小さな集落なのではあるが、
だからこその団結力が強いのなんの。
本来は学校行事であるはずの運動会も、
高学年が大町の学校へ渡るようになるより前から、
保護者参加枠がやたらと多く。
はっきり言って里の行事同然という扱いになっており。
赤組白組というチーム分けの他に、
丁目別対抗の種目もあって。
勝った地区には、
その後なだれ込む酒盛りにどうぞということか、
ビール1箱なんてな怪しい賞品が
品目は伏せての敢闘賞として贈呈される恐ろしさ。(笑)
とはいえ、そういうのはあくまでおまけで、
やはりやはり一番のお目当ては、
我が子の溌剌とした頑張りと、
親子一緒になって駈けたり飛んだりする楽しさなのであり。
お彼岸には墓参りに律義に戻ってくる親戚が多くあるように、
この運動会にも、
同窓会を兼ねて集まる若い層の顔触れが結構おいでなことが加味されてか、

 「お、今年は騎馬戦のチーム数が多いじゃねぇか。」
 「何でも、93年卒組と95年卒組、
  あと、96年卒組の同窓会連が初参加するんだってよ。」
 「うあ、えらいこと若い口じゃねぇか。」

すっかりと実行委員会も町内会に設けられているその事務所にて、
強敵の参入だなぁと頭を抱えるお父さんたちがいたりして。
今ちょっと計算したんですが、
93年度の卒業生で何とか30代になるワケで。
そんな若年だからこそ、
運動会で同窓会を開くという発想になるのではなかろうか。
会社の行楽旅行に行けばいいのにと、残念なお知らせへ不平も出るほど、
地元の皆さんからして、今からワクワクと楽しみにしている催しなのだが、


  では、メインである小学生のお子たちはどうかといえば……。



小さな里の小学校には、最高学年の六年生が通っていない。
大川を艀で渡った川向こう、大町にある真新しくも大きい小学校へ、
その後の中学や高校への登校習慣に慣れるべく、
彼らの学年だけという、奇妙な形での併合がなされているからで。
普通一般の地域だと いっそ全体で合併という形を取るところだが、
大川の流れはこれでなかなか急なので、
万が一にも艀から落ちる子が出ては危険だという意見が多数出たがため、
こんな変則的な形になっているそうで。

 「まあな、特に過疎化してるって訳でもないんだし。」

成年となっても地元から離れない顔触れのほうがまだまだ多く、
子供たちも、先細りはせぬペースで毎年お目見えしておいでなので、
生徒の数もそう極端に少ないという訳じゃあなし。
それが全部、毎朝大町へ渡るとなると、

 「…ちょっとした遊覧船を仕立てにゃならんかもな。」
 「いや、それは言い過ぎだろ。」

それでも艀の往復では全然足りないぞと、
何でか胸を張る同級生のウソップとは船着き場で別れて、
自宅までの道を歩み始めた、いが栗頭の剣豪少年。
大町の小学校でもそれなりに学業も運動もこなす、
なかなかの存在感を示しているそうだが、
実家の道場のお手伝い、
幼い子供たちの教室の補佐役を担っているからと、
原則 全員参加な部活動は 免除されておいでだそうで。
それでの早い目の帰宅となっているのだが、

 「………?」

まだ陽も高い方の、朝一番ならぬ午後一番。
夕飯へのお買い物にと、大町の商店街へ向かうべく、
船着き場へやってくるお母さんたちとすれ違うたび、
彼なりの礼儀正しさで目礼の会釈を続けていたが。
どうしてだろうか、そのどなたもが、
おっと目を見張ってから、何やら くすすと吹き出してしまわれる。
ちゃんと“お帰り”と言ってくださるし、
会釈も返してくれるのだけれど、
その後に付け足されるのが“おやまあ”という目線と苦笑。
何だろ、どっかおかしいか?
シャツかズボンが汚れてるとかほつれてるとか?
でもなあ、それだと教えてくれるよな。
よその子にも別け隔てしない里なので、
悪戯や利かん気には“こらっ”というお叱りが容赦なく飛んでくるし、
顔色が悪いとか容体がおかしいというのへのも
寄ってたかって構ってくださる土地柄で。

 「??? ……あ。」

ゾロが何だ何だと小首を傾げていたのもちょっとの間。
何人目かのお母様が、
器用にも視線だけで“後ろだうしろ”と教えてくださって。
そんなこそりとした格好で教えてくださったからには、
まんま直接振り向いてはいかんのかなと。
そこはそれなり、工夫をせねばとワンクッションの術を考え、
十字路のカーブミラーを見上げて確かめたところが……。

 “………何だ、ありゃ。”

小さな小さな誰かさんが、ちょこちょことついて来ていて、
時折 小走りになっては、サササッと生け垣に隠れの、
はたまた途中のお宅の門柱の陰へへばり付きのと、
つまりは身を隠しつつの“尾行”をしているらしいのだが。

 “隠れようは上手くなったよな。”

したたたた…と、素早く素早く
小刻みに角から角へと渡り歩く手際はなかなかで。
結構気配には聡かったはずのゾロでも、
すれ違うお母さんがたの妙な様子がなければ
もしかして気づかなかったかも知れぬほど。
とはいえ、途中からは道なりのお家も減ってゆくのに
どうやって続けるつもりだったものかと案じたそのまま、
ああだから“ソレ”なのかと、
合点がいってのさて。

 「……………ルフィ、
  ウチまで来るんなら一緒に帰ろうや。」

 「…うっ。」

丁度、電信柱から出て来かけていたところだったからか、
ギクギクっと小さな肩をこわばらせた辺り、
ご本人も自信のあった尾行だったらしいが。

 「何で判った。」
 「うん、おばさんたちが目配せで教えてくれたからな。」

うう、おばちゃんたちの裏切りものメと、
一丁前なことを言う坊やなのへ、

 「つか、お前のそのカッコがな。」

ただ単にちょこちょことついて来ただけなら、
そうそう注目も集めなかった。
だっていつものことだったし、ゾロもそのうち気がついて、
並んで帰るという通常運転になってただけのこと。

  ところが、今日のルフィさんはというと
  いつもの腕白さんな姿とは微妙に違ってて。

 「そのヒゲは何なんだ。」
 「カッコいいだろーvv」

えっへんと胸を張る小さな坊やの
口の回りを覆い隠す、毛足の長いマスクもどき。
いやいや、どうやら“つけ髭”であるらしくって。

 「変装したいって言ったら、シャッキーがつけてくれた。」
 「またか…。」

ゾロは勿論、里の男衆のほとんどが一目置いてる、
昔は恐持てだったらしい指し物師の隠居と、その世話役の女性と。
知識も融通にもそれ相応に蓄積のある身でありながら、
このおチビさんの悪戯(というか、思いつき)へ
率先して加担するから始末に負えぬ。

 「変装しての尾行とはまた大袈裟だな。」

 「だってよ、ゾロの周りを探るのは、
  これでなかなか大変なんだもんよ。」

大変なんだと言いつつ、
寸の足らない腕で胸高に腕を組んで見せるかわいさよ。
とはいえ、

 「あのな、変装っていうのは、
  さりげなく目立たないのが基本だぞ。」

 「そっかぁ? 誰だか判らなくするのが一番じゃんか。」

お顔の半分が毛で隠れているも同然なので、
上手いこと言うのもあってのこと、
本当に本人が話しているのかも怪しい会話になっており。
ただし、

 「そんな小さい子供が髭づらってのは、
  不自然極まりなかろうが。」

 「お…?」

誰なのかなってこと以前に不審すぎるわいと、
口をへの字に曲げた剣豪さんの言うのももっともなことで。

 あれれぇ? シャッキーもレイリーのおっちゃんも、
 これなら探偵さんになれるって言ってたのになぁ…なんて。

それは無邪気に、企みを自分から暴露しちゃったお髭の探偵さん。

 「…で? 何を探りたいんだよ。」
 「あんな、ゾロは運動会でどの競走に出るんだ?」

3丁目組のリレーのアンカー、去年はくいな姉ちゃんだったろ?
ゾロだと思って3番目に早いのしたら、
それがゾロだったから上手く行かんかったって、
作戦さんぼーのヤソップのおじちゃんが悔しがっててな、と。
それはすらすらと、
まずは自軍の予定というか
心積もりを吐露してしまっている斥候さんであり。
権謀術数にはやっぱり向いていない坊ちゃん、
ゾロとくいなお姉ちゃんが何に出るかを突き止めたいという目的、
何とか果たして帰れたらいいんですけれど。
空き地には坊やのお髭みたいなススキの穂がゆらゆら躍り、
油断してるとすぐにも夕暮れが始まるよと
教えてくれてるようでもあって。
秋もたけなわ、
みんな元気で決戦の日を迎えられますように、
頑張って奮闘してくださいましね?





  〜Fine〜  13.10.06.


  *本誌のルフィさん、
   お口回りに付け髭つけて変装中だそうだと聞きましたので。
   2年経ってもお姿がほぼ変わってなかったくらいなので、
   そこまでせんと そりゃあバレバレだろうけど。
   飲み食いするときに邪魔だとは思わなかったのかなぁ?

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